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「アグリプログラム2017」参加者募集中です。

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農業に興味のある方からのたくさんのご応募をお待ちしております。

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モデルコース「事件篇・大化の改新コース」

甘樫丘 → 入鹿の首塚 → 飛鳥寺 → 伝板蓋宮跡 → 南淵請安先生の墓

甘樫丘 

事件篇・大化の改新コース明日香村のほぼ中央に位置する標高148メートルの小高い丘で、現在は国営飛鳥歴史公園として整備されています。頂上からは明日香村内はもちろん、遠くは大和三山(畝傍・香具山・耳成)や葛城・金剛・二上・信貴山も展望できます。
飛鳥時代には飛ぶ鳥を落とす勢いだった蘇我蝦夷・入鹿が、大化の改新で中大兄皇子や中臣鎌足に敗れるまで、その権勢を誇示するかのごとく大邸宅を構えていたとされています。
また熱湯に手を入れて火傷の具合で真偽を判断したとされる古代の裁判「盟神探湯(くがたち)」が行なわれていたと記録されているそうです。

入鹿の首塚

事件篇・大化の改新コース大化の改新において中大兄皇子らに敗れ、切り落とされた蘇我入鹿の首が祀られています。
伝板蓋宮で殺された入鹿の首塚がなぜ飛鳥寺の西にあるのかは、いまだはっきりしていませんが、切り落とされた首だけが飛鳥寺に立てこもった中大兄皇子らを追いかけてきてここに落ちたとか、様々な伝説が残されています。

飛鳥寺

事件篇・大化の改新コース明日香村飛鳥にあるこのお寺は、蘇我馬子が建てたわが国最初の本格的寺院で、「法興寺(ほうこうじ)」「元興寺(がんこうじ)」と呼ばれていました。また、大官大寺・薬師寺・川原寺とともに「飛鳥の四大寺」とも呼ばれていたそうです。
崇仏派の蘇我氏がそれに反対する物部氏を滅ぼし、最先端の技術をもって造営したとされ、当時は東西210メートル、南北320メートルにも及ぶ伽藍配置をもつ大寺院だったことが分かっています。本尊は金銅釈迦如来坐像(重要文化財)で飛鳥大仏として親しまれています。
後の大化の改新の主役、中大兄皇子と中臣鎌足が知り合ったのも、飛鳥寺で行なわれた蹴鞠の会であったそうです。また蘇我入鹿を倒した後もこの飛鳥寺に立てこもり、蘇我氏の反撃に備えたということです。

伝板蓋宮

事件篇・大化の改新コース642年、皇極天皇によって造営されたとされるこの宮は、大化の改新において、入鹿暗殺の舞台となったことであまりにも有名です。名前の由来については、屋根が茅葺きなどではなく板葺きであったためだとか。出土品などからみて、最近では上層部が飛鳥浄御原宮(きよみはらのみや)(天武天皇)、中層部が板蓋宮(皇極天皇)、下層部が飛鳥岡本宮(舒明天皇)だったのではという説が有力視されていますが、真相のほどは…。

南淵請安先生の墓

事件篇・大化の改新コース南淵請安は、608年、小野妹子らとともに中国に渡り30数年間もの長きにわたり隋・唐に学び、日本に大陸の文化や知識などを伝えた人物で、中大兄皇子や中臣鎌足らを師事し、後の大化の改新に大きな影響を与えたとされています。

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